初めてのドールマスク③
第3話 人形と兄の秘密
五反田の地下ライブハウス「GOTANDA G5」は、今夜だけ特別だった。
照明が一新され、ステージに大型のLEDパネルとムービングライトが加わり、いつもよりずっと豪華な演出。
今までの小さなアルバイトイベントとは明らかに違う、最大規模の特別ショー。客席も埋まり、期待のざわめきが控室の壁越しに伝わってくる。
控室の鏡の前で、りさは白いレースのミニドレスに袖を通しながら、目をキラキラさせていた。
黒髪セミロングを後ろで軽くまとめ、168cmの長身細身の体が、衣装のフリルに包まれてより華やかに見える。
「今日が一番楽しみ! ドールマスク被って人形アイドルになるの、ほんとにハマっちゃった♪」
りさは嬉しそうに笑いながら、テーブルの上の白いマスクを両手で持ち上げた。
かわいいアニメ顔——大きなつぶらな瞳、桜色の頰、小さな唇が優しく微笑むデザイン。
彼女はまるで新しいおもちゃを手にした子供のように、弾む声で言った。
「兄ちゃん、今日も紐結んでくれる?」
僕はドアの近くに立ったまま、頷くことしかできなかった。
心臓が、ドクドクと音を立てている。
りさはもう、ただのアルバイトだと思っていない。
僕も、だ。
彼女の後ろに回り、細いゴム紐をうなじで結ぶ。
指先が熱い肌に触れた瞬間、甘いシャンプーの香りと、興奮でほんのり汗ばんだ匂いが混じって鼻をくすぐった。
りさは小さく「ん……」と声を漏らしたが、すぐに笑顔に戻った。
カチッ。
マスクが固定された。
完璧だった。
168cmの長身に、白いレースのミニドレス。
そして、かわいいアニメ顔のドールマスクを被ったりさ——いや、リサドール。
マスクの大きな瞳の隙間から、彼女の本物の黒い瞳が、嬉しそうに輝いている。
「どう? 今日も完璧でしょ?」
マスク越しでも、声は弾んでいる。
小さな唇の部分が、息を吐くたびに可愛く動く。
僕は息を飲んだ。
胸元のレースが、彼女の呼吸に合わせて優しく揺れている。
本番まであと二十分。
りさは鏡の前で軽くステップを踏みながら、「兄ちゃんだけに、特別に見せてあげるね」と言った。
僕は意を決して、彼女に提案した。
「最後に……僕だけに見せてくれ。完全なリハーサル、二人きりで」
りさはマスクのまま、くすっと笑った。
「いいよ。兄ちゃんのためなら、特別サービス♪」
照明を落とした控室は、薄暗いLEDライトだけが残る。
ステージ用の大音量はまだ流れていない。ただ、僕と彼女だけの空間。
りさは僕の正面に立ち、音楽の代わりに自分でリズムを取り始めた。
腰をゆっくりくねらせ、長い脚を高く上げ、指を自分の唇に当てて軽くくわえるような振り付け。
すべてが、兄である僕だけに向けられている。
マスクの大きな瞳の隙間から覗く本物の瞳が、興奮で熱を帯び、息がどんどん荒くなっていく。
汗がマスクの縁から一筋、首筋を伝って落ちた。
「はあ……はあ……」
かわいいアニメ顔は微笑んだまま。
でもその下で、りさは全力で踊っている。
168cmの完璧なプロポーションが、薄暗い控室で妖しく輝く。
僕はただ、息を殺して見つめていた。
抑えきれない興奮が、下腹の奥で熱く渦を巻く。
ダンスの最後。
りさが一回転して、息を切らしながら僕の胸に倒れ込むように寄りかかってきた。
柔らかい胸の感触と、熱い体温がダイレクトに伝わる。
マスクが少しずれ、彼女の唇が僕の首筋のすぐ近くに来た。
熱い、湿った吐息。
柔らかい唇の輪郭が、ほんの数センチの距離で感じられる。
「兄ちゃん……マスクを被ってる時、すごく楽しいんだけど……」
りさの声は、マスク越しに甘く掠れていた。
「兄ちゃんに見られてると、なんだか特別な気持ちになっちゃう」
その瞬間、僕の中で何かが決壊した。
マスクを被ったままの可愛い人形アイドルと、素顔の妹の間で揺れていた欲望が、ついに限界を超える。
指が自然に彼女の腰に回りそうになり、慌てて止めた。
りさはマスクを少し直しながら、潤んだ瞳で僕を見上げた。
「本番、頑張るね。兄ちゃん、ちゃんと見てて」
そして、本番のステージ。
豪華な照明に照らされ、りさは最高のパフォーマンスを見せた。
観客の大きな拍手と「リサドール! リサドール!」というコールが、ライブハウス全体を包む。
マスクのアニメ顔は微笑んだまま、でも僕は知っている——その下で、彼女がどんな表情をしているかを。
ショー終了後、控室でマスクを外したりさの頰は真っ赤だった。
汗で湿った黒髪が首筋に張りつき、息がまだ熱い。
五反田の夜の街を、二人で歩き始めた。
ネオンライトが地面に反射し、静かな足音だけが響く。
りさは僕の隣を歩きながら、ふと手を繋いできた。
細い指が、ぎゅっと絡まる。
「兄ちゃん……今日も、特別だったね」
彼女の声は小さくて、でも確かに甘かった。
マスクの下に隠されていた秘密。
兄妹の境界線。
それが、甘く、静かに、溶けていくのがわかった。
僕の心臓は、まだ高鳴ったままだった。
(第3話 終わり)
