初めてのドールマスクショー

第1話 初めてのドールマスク
五反田駅東口から徒歩三分。
雑居ビルの地下にある小さなライブハウス「GOTANDA G5」の控室は、狭くて薄暗かった。壁は黒く塗られ、鏡の周りに小さなLEDライトが点滅している。空気には、前の公演の残り香――甘い香水と汗の匂いが混じっていた。
「兄ちゃん……本当に、これ被るの?」
りさはソファに腰を下ろしたまま、膝の上で真っ白なドールマスクを両手で持っていた。

黒髪セミロングを耳の後ろにかけ、168cmの長身を少し縮こまらせている。細身の体に、今日の衣装は白いフリルのついたショートワンピース。ステージ映えするように脚が長く見えるデザインだ。二十二歳の彼女は、素顔でも十分に綺麗だった。でも今日は、それ以上になる。
「大丈夫だよ。アルバイトなんだから、これを被るのがルールだろ」
僕は控室のドアに背を預け、できるだけ冷静を装って答えた。実際、心臓はもう少し速く鳴っていた。

りさは深呼吸をして、ゆっくりとマスクを顔に近づけた。
それはかわいいアニメ顔のドールマスクだった。大きなつぶらな瞳、ふんわりとした桜色の頰、小さな唇が優しく微笑むようなデザイン。リアルな人間の顔ではなく、二次元から飛び出してきたような、完璧に整った顔。

彼女は前髪を指でかき上げ、黒髪を後ろで一つにまとめながら、マスクを被り始めた。
ゴム紐が耳にかかり、ゆっくりと顔全体を覆う。カチッと軽い音がして、固定された。
鏡の前に立つりさ。
168cmの長身細身のプロポーションに、白いアニメ顔のドールマスク。
黒髪がマスクの縁から少しはみ出し、首筋の白い肌とコントラストを成している。
マスクの大きな瞳の部分はくり抜かれていて、そこからりさ本人の瞳が覗いている。黒くて潤んだ瞳が、わずかに緊張で揺れていた。
「……どう? 変じゃない?」
声はマスク越しに少しこもっている。でも甘い。

マスクの小さな唇の部分から、息を吐くたびにわずかに動く。僕は息を飲んだ。
完璧な「ドールアイドル」だった。長身のモデル体型に、かわいいアニメ顔。観客は絶対に、これが本物の二十二歳の女の子だとは思わないだろう。
本番まであと十五分。
りさは鏡の前で手を軽く握ったり開いたりしている。指先が小刻みに震えていた。
「りさ」
僕は彼女のそばに近づき、震える右手をそっと握った。
掌は冷たくて、少し汗ばんでいる。細い指が、僕の手の中でぎゅっと力を込めた。
「大丈夫、誰もりさだって気づかないよ。マスク被ってるんだから、安心して踊ってこい。ただのアルバイトだろ?」
「うん……ありがとう、兄ちゃん」
彼女はマスクを向けたまま、小さく頷いた。
その瞬間、マスクの隙間から、りさの吐息が僕の手にふわりとかかった。

温かくて、ほのかに甘い匂い。マスクの内側に、彼女の唇の形がうっすらと浮かんでいるのがわかる気がした。
息遣いが、直接伝わってくる。
マスク越しなのに、こんなに近くに感じるなんて。
僕は内心で動揺した。
これはただの妹の応援じゃない。
ドールマスクに覆われたかわいいアニメ顔の下に、りさの素顔がある。
そのギャップに、胸の奥が熱くなる。
指先が、彼女のうなじに触れそうになって、慌てて手を離した。
「じゃあ、そろそろステージだな。頑張れよ」
りさはマスクのまま、軽く手を振って控室を出て行った。
長い脚が衣装の裾を揺らし、黒髪が背中でさらりと揺れる。
僕は少し遅れて客席の暗闇に移動した。
狭いライブハウスは、すでに二十人ほどの観客で埋まっていた。照明が落ち、甘いBGMが流れる。

ステージに、りさが上がった。
「人形アイドル・リサドール」の登場。
かわいいアニメ顔のドールマスクが、スポットライトに輝く。
168cmの長身が、軽やかなステップを踏む。
ダンスは少しぎこちないけど、無邪気で愛らしい。
歌声はマスク越しでも甘く澄んでいて、観客から「かわいい!」「人形みたい!」というどよめきが上がった。
無表情じゃない。
あのアニメ顔は、微笑んでいるように見える。
でも僕は知っている。
マスクの下で、りさは今、緊張で頰を赤らめているはずだ。
息が荒くなっているはずだ。
さっき控室で感じたりさの吐息を、僕はまだ指先に覚えていた。
ステージの彼女を見つめながら、僕は暗闇の中で拳を軽く握りしめた。
抑えきれない興奮が、下腹の辺りにじわじわと広がっていく。
これは、ただの妹のアルバイトじゃない。
僕の、秘密の欲望が、初めて顔を出した夜だった。